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東京高等裁判所 平成7年(ラ)876号 決定

抗告人 株式会社東京ユナイテッドテクノロジー

右代表者代表取締役 佐藤定男

抗告人 総合住金株式会社

右代表者代表取締役 大槻章雄

右両名代理人弁護士 物部康雄

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状及び「平成七年(ソラ)第二二四号執行抗告事件」と題する書面(各写し)記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

1. 一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  競売対象物件

原決定別紙物件目録記載①ないし⑯の物件(以下「本件物件」といい、個々の物件を「①の物件」のようにいう。)は、株式会社ホテルニュージャパン(以下「ホテルニュージャパン」という。)の所有で、全体として一個の旅館を構成しているところ、①ないし⑤の物件は一体の土地(①及び②の物件は建物の敷地部分、③ないし⑤の物件は私道部分)、⑥ないし⑯の物件は一棟の建物のうちの区分所有の対象部分(それぞれの登記された建物の種類は、⑥の物件は事務所、⑦の物件は旅館、⑧の物件は機械室廊下、⑨ないし⑫の物件は事務所、⑬の物件はレストラン、⑭の物件は物置、⑮の物件は駐車場、⑯の物件は事務所)である。

(二)  担保権

(1)ア  千代田生命保険相互会社(以下「訴外会社」という。)は、①ないし⑮の物件につき、東京法務局平成四年二月二八日受付第二六三三号をもって、原因を同日設定、極度額を七五〇億円、債権の範囲を金銭消費貸借取引、債務者を東洋郵船株式会社・横井産業株式会社・日本産業株式会社とする第一順位の共同根抵当権の設定登記を有している。

イ  訴外会社は、株式会社ホテルニュージャパンに対し、⑯の物件につき共同担保として右と同じ根抵当権を有することを確認する旨の確定判決を有しているが、右の根抵当権については設定登記をしていない。

ウ  訴外会社は、平成七年一月二三日、後記(2)ウの転根抵当権の被担保債権を代位弁済し、同日受付第八四一号をもって右転根抵当権移転の登記を経由した。

(2)ア  抗告人株式会社東京ユナイテッドテクノロジー(以下「抗告人TUT」という。)は、本件物件につき、東京法務局平成四年三月六日受付第五六九号をもって、原因を同月五日設定、極度額を一五〇億円とする、①ないし⑮の物件については第二順位の、⑯の物件については第一順位の共同根抵当権の設定登記を有している。

イ  抗告人TUTは、同年四月三日、右共同根抵当権につき抗告人総合住金株式会社外一三名に一部譲渡し、同月三日にその旨の各付記登記を経由した。

ウ  抗告人TUTは、同月二〇日、ソシエテ・ジェネラル(ソシエテジェネラル銀行)に対し、同抗告人の右共同根抵当権の持分につき、極度額を四億円とする転根抵当権を設定し、同月二二日受付第一八二九号をもって、その旨の各付記登記を経由した。

エ  右ウの転根抵当権については、平成七年一月二〇日、同日確定を原因とする転根抵当確定の各付記登記がされた。

オ  前記ウの転根抵当権については、同月二三日、同日代位弁済を原因として、訴外会社に対する転根抵当権移転の各付記登記がされた。

(3)  大阪抵当証券株式会社は、本件物件につき、東京法務局平成四年七月八日受付第五二八号をもって、原因を同月七日設定、極度額を六〇億円とする、①ないし⑮の物件については第三順位の、⑯の物件については第二順位の共同根抵当権の設定登記(同月八日受付第五二九号をもって極度額を一五〇億円に変更登記)を有している。

(三)  競売申立て

(1)  訴外会社は、平成四年一一月四日、①ないし⑮の物件につき、これに設定登記された前記(二)(1)アの根抵当権に基づいて、不動産競売の申立て(東京地方裁判所平成四年(ケ)第三七〇三号)をし、執行裁判所は、同年一一月五日、不動産競売開始決定をした。

(2)  訴外会社は、平成五年九月一七日、⑯の物件につき、これに設定された前記(二)(1)イの根抵当権に基づいて、不動産競売の申立て(東京地方裁判所平成五年(ケ)第三九二三号。以下「本件先行事件」という。)をし、執行裁判所は、同月二一日、不動産競売開始決定をした。

(3)  執行裁判所は、その後、右(1)の事件に右(2)の事件を併合する決定をした。

(4)  訴外会社は、平成七年三月二三日、前記(二)(1)ウの転根抵当権に基づき、本件物件につき不動産競売の申立て(東京地方裁判所平成七年(ケ)第一〇五六号。以下「本件後行事件」という。)をし、執行裁判所は、同月二七日、不動産競売開始決定をした。

(四)  最低売却価額及び売却許可決定

(1)  評価人は、平成五年六月三〇日付けで、執行裁判所に対して評価書を提出したが、これによれば、各物件の評価額は次のとおりである。

①の物件・一五八億一六一四万円、②の物件・四〇億八〇六五万円、③の物件・一八二万円、④の物件・一七四万円、⑤の物件・一七七六万円、⑥の物件・二〇三億四〇八〇万円、⑦の物件・四六五億六〇四〇万円、⑧の物件・七三億〇九六一万円、⑨の物件・一億五八四三万円、⑩の物件・五億五六一四万円、⑪の物件・一億五八四〇万円、⑫の物件・二億三八八九万円、⑬の物件・一八億五三三七万円、⑭の物件・五億六二七一万円、⑮の物件・一四億三四九二万円、⑯の物件・三億一八二二万円、合計九九四億一〇〇〇万円

(2)  執行裁判所は、平成六年二月三日、右評価に基づき、①ないし⑯の物件(以下「本件物件」という。)の最低売却価額を一括して九九四億一〇〇〇万円と定め、同年三月一八日、入札期間を同年五月一八日から同月二五日まで、開札期日を同年六月一日午前一〇時三〇分、特別売却実施の期間を同月二日から同年一二月一日までとして売却実施を命じたが、適法な買受申出がなかった。

(3)  執行裁判所の命令により、評価人は、平成七年二月七日、執行裁判所に対して補充書を提出したが、これによれば、各物件の評価額は次のとおりである。

①の物件・九四億八九六八万円、②の物件・二四億四八三九円、③の物件・一〇九万円、④の物件・一〇四万円、⑤の物件・一〇六六万円、⑥の物件・一二二億三一五二万円、⑦の物件・二七九億九八〇三万円、⑧の物件・四三億九五四五万円、⑨の物件・九五二二万円、⑩の物件・三億三四四二万円、⑪の物件・九五二〇万円、⑫の物件・一億四三七〇万円、⑬の物件・一一億一七〇四万円、⑭の物件・三億三九〇二万円、⑮の物件・八億六三三二万円、⑯の物件・一億九一三九万円、合計五九七億五五一七万円

(4)  執行裁判所は、平成七年三月二日、右評価に基づき、①ないし⑯の物件(以下「本件物件」という。)の最低売却価額を一括して五九七億五五一七万円と定め、同年四月一三日、入札期間を同年六月一三日から同月二〇日まで、開札期日を同月二七日午前一〇時三〇分、特別売却実施の期間を同月二八日から同年九月二七日までとして売却実施を命じたが、入札期間内に適法な買受申出がなく、同年六月二八日、千生総合管理株式会社が五九七億五五一七万円で特別売却による買受けの申出をした。

(5)  執行裁判所は、同年七月七日、右会社に対する売却を許可する旨の原決定をした。

(五)  届出債権額・交付要求額

(1)  平成四年(ケ)第三七〇三号・平成五年(ケ)第三九二三号事件関係

①東京国税局長・平成五年度地価税本税一億九七〇九万七八〇〇円及び延滞税、②訴外会社・債権元金六一六億三四〇〇万円及び利息一億一五一六万二三四七円並びに遅延損害金、③抗告人TUT・債権元金一八五億八三一四万三二二二円及び遅延損害金五九億〇一二九万六五六九円並びにその余の遅延損害金、④大阪抵当証券株式会社・債権元金一二四億円及び遅延損害金

(2)  平成七年(ケ)第一〇五六号事件関係

訴外会社・債権元金二億二四〇〇万円及び遅延損害金

2. 以上の事実に基づいて、抗告人らの主張について検討する。

(一)  抗告人らは、本件先行事件はその申立人に優先する債権を弁済して剰余を生ずる見込みがないものであるから、民事執行法所定の手続を経る必要があるのにこれを経ないでされた原決定は全体として違法である旨主張する。

しかしながら、先に後順位抵当権者によって申し立てられた不動産競売事件(先行事件)が無剰余の場合であっても、同一不動産につき後に先順位抵当権者によって申し立てられた不動産競売事件(後行事件)について競売開始決定がされているときには、先行事件について、民事執行法一八八条の準用する同法六三条に規定する手続を経ることなく、競売手続を続行することができると解するのが相当である。けだし、無剰余取消しの制度は、差押債権者に対する配当のない無益な執行を排除するとともに、優先債権者がその意に反する時期に担保不動産を売却され、その投資の不十分な回収を強要されるという不当な結果を避け、ひいては執行機関をして無意味な執行手続から解放する趣旨のものであるところ、優先債権者の申し立てた後行事件について競売開始決定がされているときには、当該不動産は、結局は競売手続による売却を免れないものであり、先行事件の手続に従ってこれを売却したからといって、優先債権者の利益を害することにはならないし、また、全体としてみれば、無益な手続を進めたことにもならず、前記規定を設けた趣旨に反することもないからである。

これを本件についてみると、前認定の事実によれば、本件先行事件は、訴外会社により、後順位根抵当権に基づき、⑯の物件について申し立てられたものであるが、訴外会社は、同物件について抗告人TUTの有する最先順位の根抵当権の持分につき転根抵当権を取得し、これに基づいて本件後行事件の申立てをもしたのであり、⑯の物件は、最先順位の根抵当権の持分に対する転根抵当権者によって申し立てられた本件後行事件の手続により売却を免れなかったのであるから、これが本件先行事件の手続によって売却されたからといって、抗告人らに対しいわれのない不利益を課するものとはいえないし、また、無益な手続を進めたものということもできない。したがって、本件先行事件についてした原決定に所論の違法はないというべきである。

(二)  抗告人らは、本件後行事件には、関係者間に根抵当権の実行をしない旨の合意があり、執行障害事由があるので、これについてされた競売開始決定は違法であり、これによって本件先行事件の無剰余を治癒することはできない旨主張する。

一件記録によれば、債権者・抗告人TUT、本件物件の所有者兼担保提供者・ホテルニュージャパン及び債務者・日本産業株式会社の三者は、平成七年二月二日付け公正証書(東京法務局所属公証人片倉千弘作成平成七年第二一号合意契約公正証書)において、同年七月三一日までの間、抗告人TUTの前記1(二)(2)アの根抵当権に基づく競売の実行を申し立てない旨の合意をしており、右公正証書は、同年五月二六日、執行裁判所に提出されたことが認められる。

しかしながら、前認定1の事実に照らせば、右公正証書が作成されたのは、抗告人TUTの根抵当権の持分についてのソシエテ・ジェネラルの転根抵当権が確定し、更に訴外会社の代位弁済による転根抵当権移転の付記登記がされた後のことであるのみならず、右の合意は抗告人TUT、ホテルニュージャパン及び日本産業株式会社との間でされたにすぎないのであるから、訴外会社に対してその効力を及ぼし若しくはこれをもって対抗することのできないものである。したがって、前記公正証書は、民事執行法一八三条一項三号に掲げる文書には当たらないというべきである。

なお、抗告人らが民事執行法一〇条三項に定める期間経過後に当裁判所に提出した書面には、転抵当権の競売権は原抵当権の競売権に基づくものであるから、原抵当権が不執行の合意により競売権を制限されている場合には、転抵当権もその制限を受けるものと解すべき旨の記載があるが、前記のような事情のもとにある本件においては、右の主張を採用することはできないというべきである。

(三)  抗告人らは、本件後行事件における転根抵当権者とその債務者である抗告人TUTとの間の被担保債権は存在しない旨主張する。

しかしながら、売却許可決定に対する執行抗告においては、担保権の不存在を理由とすることはできないものと解するのが相当である(なお、抗告人らの右主張は、原裁判所における平成七年(ヲ)第二三五三号売却実施命令に対する執行異議事件において、理由がないものとして既に排斥されている。)から、その余の点について判断するまでもなく、右の主張は採用することができない。

3. 以上のとおりであるから、抗告人らの主張はいずれも採用することができず、また、記録を精査しても、原決定には他にこれを取り消すべき違法は見当たらない。

よって、原決定は相当であり、本件抗告はいずれも理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 清水湛 裁判官 瀬戸正義 西口元)

〈以下省略〉

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